それでも、日本人は「戦争」を選んだ 5

 第一次世界大戦に続くのが「満州事変と日中戦争」というくくりでした。満州事変をきっかけに太平洋戦争に突入したという、物凄く大雑把な理解しかしていなかったので、この辺りはしっかり勉強しておかなければいけません。

 ここで、悪名高き関東軍が登場します。「悪名高き」と書きましたが、ただの私のイメージです。関東軍とか陸軍が暴走したなんて言う話をよく聞いたという、これまた大雑把な理解です。関東軍というのは、日露戦争によってロシアから日本が獲得した関東州との防備と、中東鉄道南支線の保護を任務としておかれた軍隊のことだそうです。その鉄道路線の一部を自ら爆破し、それを中国側のしわざだとして、奉天などの主要都市を占領したのが満州事変だということでした。時刻に被害が被ったように見せかけて、言いがかりをつけて他国を攻撃するというのは、どこかの国の常套句だと思っていたのですが、日本もやっていたなんて悲しい限りです。一方で23万の兵力を誇った張学良軍を出し抜いて1万余の兵力で日本の3倍の面積がある満州を占領したというのはすさまじい作戦だったのだとも思わされました。

 満州というのは、あて字で、もともとManju(マンジュ)と発音する民族が住んでいた地域に対して、ヨーロッパ人や日本人などが、その発音の音をあてて「満洲」と夏期、それが慣用的に戦後の日本で満州と表記されるようになったのそうです。ここがどこなのかと言えば、清朝の体制下の地方制度の名前では東三省(遼寧省吉林省黒龍江省)地域で、中国北東部ともいわれるということです。本書の挿絵と、googlemapを見比べて、漸くどのあたりか把握できました。当時、中国では清朝が倒れ、新国家が誕生しようとしていましたが、それについて、イギリスが米独仏の三ヶ国を誘いつつ、強力なリーダーシップを維持しようとしており、それに対して日本とロシアが共同で反発していた。しかし、ロシアではロシア革命がおこり、日本の味方だったロシアが消滅、中国でも中華民国が立ち上がり、条約のグレーゾーンだった部分の解釈の違いが目立つようになったということでした。そのグレーゾーンが、日本が南満州鉄道の沿線に鉄道守備兵を置く権利と、南満州鉄道の平行線になりうる幹線と支線を中国側が敷設できないという取り決めでした。これらについて、日本は潔白\xA1

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 条約侵害と生存権というところが、ちょっと飛んでいて理解が出来なかったのですが、当時、日本はゆくゆくソ連アメリカとも戦争をしなければならない状況になることを見込んで、資源を確保するために満蒙が必要だと考えていたとありました。そうした経緯から関東軍が謀略に及んでしまうのですから、これは暴走と言われても致し方ないように思いますね。

 難しくて、日中戦争まで至りませんでした。まだまだ続きます。