ななつ星 派遣vol.2 - 確かな明日へ

 田中さんに言われたせいもあって、哲平はホームの若手を仕事に誘ってみることにした。春にたまたま日給8500円の高額バイトがあったので仲間たちに声をかけてみた。なかなかない、いい給料の仕事だ。だが、結果は総スカンだった。遠藤浩太は小説コンクールの締め切りが近いから忙しいと言い、原田泰明は糖尿病の通院、仲敏幸と吉田みどりは自分の仕事、田辺美佳子は敏幸が行かないなら行かない、と言った。谷川友希も最初は遠慮したが、哲平の必死の誘いに折れて一日だけ行く、と言った。

「そりゃ、テッペイさん仕事慣れてて体力あるもん。私らとは大違いやわ。」

美佳子が激しく反論した。

「おれも体力に自信ないし、自分の夢があるからな。夢を完成させたい。」

と、浩太。泰明も

「おれなんか病気持ちやで。仕事なんか無理や。」

と消極的だ。唯一友希だけが、

「一回限定でお付き合いしますよ。」

と言ってくれるにとどまった。結局、哲平は友希と2人で日給8500円の仕事に行くことにした。

 バイト当日、哲平と友希は近鉄京都線のK駅で待ち合わせをした。ただ今時刻は8時15分、仕事は9時からだ。2人はスマホの地図アプリを参考に株式会社K物流の南京都物流センターを目指した。駅から現場は遠かった。道に迷うことはなかったが、それでもたっぷり20分は歩いた。現場に向かう道なりの田んぼの畦道にレンゲの花がきれいだった。

 K物流について2人は事務所へあいさつに行った。その後、時間があったので哲平は自動販売機で缶コーヒーを買って飲んだ。友希は水筒の水を飲んだ。

 やがて9時始業、集まった作業員全員でラジオ体操だ。その後上司の指示があり、作業開始だ。フォークリフトで社員さんがまとめて何十箱もビールを運んでくる。リフトから作業台へ移すのが哲平の仕事だ。金属のヘラでダンボールを開けるのが友希の仕事。開けた中に缶ビールがたくさん入っていて別の作業員が検品・シール貼りをする。こんなのは仕事に慣れた哲平にとって見慣れた風景だ。

 哲平は粛々と作業をしたが、友希は始めから苦戦した。ダンボールを開ける作業で、箱が固くて思うようにダンボールがなかなか開かないのだ。スピードが命の仕事だ。そばで同じ作業をしていたK物流の社員が何度も友希にやり方を教えた。だが、友希は手こずった。友希はそれでも必死で頑張った。ひたすらダンボールを開ける作業を続けた。

 午前10時半。作業はいったん中断で5分間の小休止だ。哲平と友希はトイレに行った。用を足しながら2人は話をした。

「古川さん、ぼくもう厳しいです。のどが乾いて、クタクタで。あんなスピードを要求される仕事なんて…。」

「大丈夫やってユウキ。お前、頑張ってるやん。ちゃんとやってるで。」

「でもこのままで最後まで持つか…。」

「心配せんでええ。とりあえず水分補給や。」

2人は水を飲んだ。やがて作業再開だ。その後もひたすら作業は続いた。

やがて、45分間のお昼休みとなった。2人で食事をとることにした。哲平は誰かと一緒に食事をとれることを喜んだ。哲平の昼食はコンビニのおにぎりとパンだったが、友希は立派な手作りの弁当だった。

「あれ? ユウキ、おふくろ弁当?」

哲平が尋ねた。

「いや、これ彼女が作ってくれたんです。彼女、朝5時に起きて作って届けてくれて。」

「彼女、って西本さんのこと?」

「そうですよ。」

「いいなあ、彼女がいるヤツは。」

恨めしそうに哲平が言った。

 お昼休みの後も作業だ。哲平も友希も精一杯頑張った。友希も徐々に仕事に慣れてきたようだ。途中10分間の小休憩をはさんで午後5時ちょっと前に今日の作業は終了した。上司に作業の終了を報告し、5時終了を確認して職場を出た。陽は大きく西の空に傾き、真っ赤な夕焼けがきれいだった。2人は自動販売機でコーラを買って歩きながら飲んだ。

「ユウキ、お疲れやったな。何か悪かったよ。」

「いえいえ古川さん、今日はありがとうございました。いい経験が出来ました。お金も入って来ますし。」

「せやな。今日の給料は来月の25日か。楽しみやな。」

「またいい仕事あったら誘ってください。就職活動の片手間に来ますから。週1回くらいは入りたいなあ。」

「うん、また一緒に行こう。ユウキ、おおきにな。」

2人はK駅から奈良行きの電車に乗り込んだ。帰宅途上の人々を乗せた電車はいっぱいだった。まさに人々の生活を乗せて運ぶ電車だった。

友希が派遣アルバイトに参戦してからふれあいホーム近鉄奈良ミニコミ誌・ウィークリーふれあいにバイト情報のコーナーができた。ウィークリーふれあいに関わっている哲平の肝いりだ。毎週二つ三つ、おトクな求人が載った。しかし、ホームから仕事に行く利用者はなかった。

ゴールデンウィークも過ぎたある月曜日、哲平はスタッフの岩本さんとウィークリーふれあいの編集をしていた。バイト情報の欄にいつものように哲平は派遣元のアルバイト情報を載せていた。そのとき、

「古川くん、ちょっと…。」

所長の中川さんだった。えっ、どうしたのかな? 哲平は思った。

「どうしたんです、中川さん?」

彼は尋ねた。

「古川くん、せっかくやけどな、バイト情報の欄、今週からちょっと見直さんか?」

「ええっ、と、言いますと?」

「古川くんがトクやってあげている仕事はみんな儲かるけど、長くて大変な仕事ばっかりや。ここに過去の号のバイト情報があるけど、みんな9:00〜17:30、8:00〜17:00、10:00〜18:00とか。時給1000円、1100円とか言ってもふれあいホームの人には勤まらんで。古川くんは若いし、鍛えてるけどな。ここは病気の人の集まるところや。」

哲平は何も反論できなかった。

「一回私に古川くんの派遣会社のWEBサイト見せてくれるか? 今週からは私がバイト情報のコーナー担当するわ。」

「・・・」

哲平は不満そうに中川さんの顔を覗き込んだ。中川さんは、

「ごめんな、古川くん。気を悪くせんといてな。私はむしろ古川くんには感謝しているんやで。みんなのこと思って仕事を紹介しているんやもんな。でも、今のままではバイト情報のコーナーはアカンわ。もっと利用者のことを考えんと。」

「わかりました。」

哲平は渋々同意した。

「ホンマに、わたし思うよ。障がい者専門の派遣会社があったらええなあって。それなら古川くん以外でもみんな仕事に行けるのにな。」

「そうですね。そして行ける人は一般の派遣に行く、と…。」

「そうや。」

中川さんは断言した。哲平もそうか…と納得した。

 中川さんのバイト情報は勤務時間の短い、軽めの仕事ばかりだった。でも、中川さんの予期通り、これらの仕事なら行ってもいい、という利用者が現れた。

「トシユキ、副収入や思ってこの仕事良くない?」

「せやなあ、ミカコ。2人で行こか。」

と、敏幸と美佳子のカップルが求人に応募した。

「おれも小説の合間にお小遣い稼ごう。」

と、別の仕事に浩太。

「ぼくも入れさせていただきますよ。短いのもいいですね。」

と、友希。新しい求人コーナーはは人気上々だ。田中さんやマダム軍団にまで応募者は増えた。

そして梅雨も近い6月の上旬、ついにその日は来た。哲平を除く若手6名全員が同じ仕事に申し込んだのだ。残念ながら田中さんは腰痛がひどくて来られなかったが、これでは哲平もその仕事を断れない。

「今回だけでも7人全員で行きましょう、古川さん。」

友希が言った。やる気というか、希望に満ちた一言だった。

「センパイは稼いでこないとカノジョがうるさいんですよ。」

敏幸が冷やかした。友希はこりゃ参った、と頭を掻いた。

「古川さん、これでおれら若手の意地を見せようぜ。」

と、泰明。いつになく元気がいい。

「でも、原田さん。病気の方は…?」

哲平が言うと泰明は茶目っ気たっぷりに1枚の紙を見せた。医師の診断書だった。

「おれ、先生のお墨付き。」

「原田さん、給料より診断書代の方が高いで!」

美佳子が言うと一同どっとウケた。

「私の貴重な休みの金曜日、古川くんのためにバイトにまわしてんで!」

と、みどり。言い方は乱暴だが、みどりの善意に哲平は目頭が熱くなった。

「古川、泣いてる場合じゃねえぞ。」

今度は浩太が哲平を冷やかした。すると美佳子が、

「遠藤さん、ミドリを取られてる場合じゃねえぞ。」

「こらあ!!」

再び一同、どっとウケた。

 七つの星々はいっそう打ち解け、急に親しさを増した。

 バイト当日、7人は現地集合した。Pマート奈良店、吉田みどりがパートで働いているスーパーだ。明日から1階の食品売り場で九州物産展がある。7人の仕事はその設営だ。資材や商品を搬入しなければならない。7人は上司の指示のもと、仕事に取り掛かった。ただ今午前11時。午後2時までの3時間の勤務だ。だが、障がい者にとっては決して短くない労働時間だ。哲平は仲間たちを気遣いずつ仕事に励んだ。

 今日の上司はM商会株式会社の佐藤さんという人だった。M商会の社員が佐藤さんのほか2名、派遣アルバイトは哲平以下7名だけだった。佐藤さんは60代くらいの男性でざっくばらんな感じの人だった。九州物産展だったが、九州出身ではないそうだ。優しい人だったが指示は的確だ。和気あいあいとした感じで作業は進んだ。いつもより過ごしやすい職場だな、哲平は思った。中川さんがそこら辺のことも知ったうえでこの仕事をみんなに勧めたのかもしれない。

 資材を台車に積んで何往復もした。台車はたくさんあるからこれには人海戦術だ。台車があるから女性でもできる。全員で頑張った。1時間で搬入は終了、予定していた時間より早い、と佐藤さんはおっしゃった。

 搬入の次は設営だ。売り場の台を並べたり、垂れ幕をかけたり、のぼりや看板の用意。何もなかった催事場がだんだんらしくなってきた。それが済むと商品を並べていった。

「あれっ、衣料の吉田さん? 今日はどうして?」

1階の食品担当のPマートの従業員がみどりを見かけて尋ねてきた。

「へへへっ、今日はちょっと派遣のお仕事で…。」

みどりはちょっと言いにくそうに言った。

「トシユキ、見て! ハイチュウのボンタン味やって。さすが九州やね。」

「あっ、ホンマや、ミカコ。珍しい。おれ、買おうかな?」

「ボンタンだったらボンタンあめがおいしいよ。長崎ではザボンともいう。物産展明日からだから買いに来てね。」

上司の佐藤さんが仕事の合間に宣伝を入れた。

「はーい。」

敏幸と美佳子は返事した。一方、泰明が、

「あっ、宮崎産高菜のお漬物やって。おれ高菜大好きやねん。これあったらご飯何杯でも食べられる。」

「ぼくもなんです、原田さん。一軒おいしい九州の料理を出す小料理屋があるのでそこへ一緒に行きませんか? 高菜も食べられますよ。」

友希が誘った。泰明はうれしそうに

「おおぅ、おおきに谷川さん。ぜひ行こうな。」

 結局仕事は無事終了した。哲平の腕時計は2時10分を差している。一同集合した。佐藤さんがあいさつをする。

「皆さん、今日はお疲れ様でした。少し時間オーバーしましたが、無事物産展の設営、完了しました。明日から無事物産展出来そうです。残務整理はこちらでしておきますから今日は皆さん終わりです。明日からの物産展、よかったら買いに来てください。最後に給料をお渡しします。印鑑だけお願いします。ええっと…、まずは遠藤さん。」

各自給料を佐藤さんから受け取った。しんどい仕事の後に受け取った給料。きっとうれしさはひとしおだ。勿論、哲平も。

 佐藤さんや、M商会の人と別れて7人は帰ることにした。

「打ち上げ行こうぜぇ!」

と、浩太が言った。

「アホか遠藤さん。給料もらったばっかりやのに何で使うねん。」

みどりが反論した。

ハンバーガー屋行ってコーヒー飲もう。それでええやろ、ミドリ?」

美佳子が妥協案を示した。一同これには賛成した。

「お、おれマジでしんどかったけどよ、今日のMVPはやっぱり古川さんやで。派遣バイトのパイオニアや。」

と、泰明が言うと一同大きくうなづいた。哲平は照れ臭くなった。そしてひとり心の中であの言葉を復唱していた。

「おれは幸せになれる種を持っている。」